活動概要

  1. アントレプレナー・プログラム
  2. シリコンバレーへの挑戦

2020年10月 ROAD TO SILICON VALLEY

“YC Community against Pandemic”
YC企業がパンデミックに挑む

モデレーター: Jared Friedman (YC Partner)
Aaron Morris (YC Alumni、PostEra CEO)
Uri Lopatin (YC Partner)

新型コロナウイルスの脅威に対して、YCがバイオメディカル技術を保有するスタートアップを人的・財政的に支援するプロジェクトを立ち上げたことはあまり知られていない。

プロジェクトの中心的役割を担うパートナーのジャレド・フリードマン氏、YCを今春卒業したばかりのバイオテック起業家のアーロン・モリス氏、そしてこの度2社目のバイオテック企業を立ち上げた疫病専門医のウリ・ロパティン氏(YC客員パートナー)を迎え、彼らがいかに連携し、この混乱に立ち向かっているのかについて議論が交わされた。

45社以上がコロナ対策で連携

モデレーターを務めたフリードマン氏はまず、今年3~4月の2カ月間に45社以上のYC企業がコロナ対策のプロジェクトを立ち上げたと述べ、そのうち5社の事例を紹介した。たとえば、過酸化水素を作っていた自社工場の設備を使ってハンドジェルの製造を始めたスタートアップや、3Dプリント技術を用いてフェイスシールドの生産を始めたスタートアップの例などを取り上げた。

「彼らは皆本業があるにもかかわらず、この間コロナ対策にほぼすべてのリソースを割いたのです。大企業ではなく、スタートアップだからこそ、このように迅速な意思決定ができた。これがまさにシリコンバレーの精神です」と、フリードマン氏は誇らしげに語った。

オープンソースの創薬プロジェクト

現在コロナウイルス対策に全力を傾けているYC企業の一つが、英国出身のモリス氏がCEOを務めるPostEra(ポスト・エラ)だ。同社は機械学習を用いて、新薬開発の初期段階における化学合成プロセスを支援するバイオテック企業である。

コロナウイルスが米国を直撃したのは、同氏が3カ月にわたるYCのプログラムをほぼ終えようとしていた時だった。資金調達を開始したわずか数日後に、カリフォルニア州で外出禁止令が発令され、「私自身もパニックでした。資金集めを延期すべきかなど、いろんな心配がありました」と、モリス氏は振り返る。

そんなときオックスフォード大学の研究者らのツイートを偶然目にしたモリス氏は、自分たちがもつ機械学習と化学合成技術を使えば、コロナウイルスの自己複製を阻害する化合物を作れることに気づく。そしてわずか数日のうちに、チームで協力してプラットフォームとなるウェブサイトを立ち上げた。

これが世界初の大規模なオープンソースの創薬プロジェクト「COVID Moonshot」である。全世界の科学者の協力を得て、特許取得なしで安価かつ迅速に大量生産できる抗ウイルス薬の開発を目指す。サイトを立ち上げると、大手製薬会社から大学の研究所、スーパーコンピュータ関連企業まで25の企業・組織がすぐに支援を表明した。現在まで410人の科学者から1万3000件以上の新薬候補となる化合物の届け出があり、提携するラボで1000以上の試験を行ったと、モリス氏は話す。

とはいえ、新薬開発の道は宝くじに例えられるほど険しい。この「COVID Moonshot」がはたして抗ウイルス薬の開発につながるかどうかは未知数だ。それでもモリス氏はプロジェクトを立ち上げた意義をこう語る。

「2002~03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)でとても残念だったのは、事態が終息した後、ほとんどの研究や検証作業がそこで止まってしまったことです。また当時行われた一連の試験データを一元的に管理する中核的ハブもなかった。そのことが今回の新型コロナウイルスに対する対応の遅れを招きました。近い将来、また別の型のコロナウイルスが必ず生まれくるはずです。そのときに、あらゆる詳細な研究データが蓄積されたCOVID Moonshotがあれば、世界中の研究者がすぐに動けるのです」

「バーチャル」なバイオテック企業

モリス氏と対照的なアプローチをとるのが、YC客員パートナーのロパティン氏だ。起業家としてB型肝炎の治療薬を開発するメディカル企業をすでにエグジットさせた同氏だが、今回2社目となるメディカル企業Pardes Biosciences(パーデス・バイオサイエンシズ)を立ち上げた。

再び起業家となる決断を後押ししたのは、コロナウイルス対策の緊急性に加え、昨今の起業環境だという。「バイオテック企業の創業が今ほど容易になったことはありません。クレジットカードがあれば、自宅ですぐに起業できる時代となりました。実験は世界のどこかのラボを使ってリアルタイムに行えるのです」

ロパティン氏の目標は、コロナウイルス版のタミフル(経口薬)を開発することだ。「SARSやMERS(中東呼吸器症候群)、そしてCOVID-19だけでなく、人々が毎年かかる風邪の多くがコロナウイルス由来です。だからこの新薬開発に成功すれば、世界で初めて、ウイルス性の風邪を治せるようになるのです」

驚かされるのはそのスピード感だ。自前のR&D施設を持たない「バーチャル企業」でありながら、創業からわずか2週間で最初の特許を申請。すでに新薬候補となり得る数百種類の化合物を設計したという。モリス氏とロパティン氏ともに、今後数カ月のうちに動物実験で新薬の効果を検証し、来年、臨床試験へ進みたいとする。コロナウイルス対策という世界的課題に対し、YC企業のしなやかかつ迅速な意思決定と行動力が光るセッションとなった。