活動概要

  1. アントレプレナー・プログラム
  2. シリコンバレーへの挑戦

2020年10月 ROAD TO SILICON VALLEY

Advice for Deep Tech and Biotech Founders
ディープテック起業家たちへのアドバイス

モデレーター: Uri Lopatin (YC Partner)
Ivana Djuretic (YC Alumni、Asher Bio ファウンダー)
Joey Azofeifa (YC Alumni、Arpeggio Bio ファウンダー / CEO)

約1時間の本セッションでは、モデレーターであるYC客員パートナーのロパティン氏が、ともに2019年夏季プログラムの卒業生であるアゾフェイファ氏とジュレティッチ氏の二人に、起業に至る経緯から、YCのプログラムを通して得たこと、そしてYC卒業後の歩みなどについて詳しく話を聞いた。

YCで得られた2つのスキル

アゾフェイファ氏が率いるアルペジオ・バイオは、機械学習とRNAシークエンス(遺伝子発現解析技術)を用いて、ガン細胞の増殖に関わるタンパク質である転写因子(TF)に作用する新薬を開発している。

機械学習を用いて膨大なゲノムデータを処理できるアルゴリズムの研究をしていたポスドク研究員時代に、製薬会社と仕事をしたことがきっかけで、昨年、自らバイオ企業を立ち上げた。創業当初からすでに顧客がいて、売上も立っていたと語る。

そんなアゾフェイファ氏は、YCで得た学びとして「コミュニケーション」と「ネットワーク」の2点を挙げた。

「以前は投資家に事業内容を聞かれても、『TFの阻害薬を作る』という簡単な説明すらできませんでした。僕のように研究畑出身の人間は物事を複雑に考えるのが得意な反面、シンプルに説明するのが苦手。YCでは誰にでもわかるよう、明確かつシンプルに伝えることを鍛えられるので、ディープテック分野の起業家にはとてもプラスになると思います」

またネットワーク作りに関しても、「理系博士の起業家は概して人脈作りが不得手。でもYCでは毎週いろんな起業家や投資家などと会って話をする機会があるので、徐々に慣れていくことができた」と語る。

YC卒業から1年。卒業時点では5社の顧客がいたが、今では「40社近くに増えた」とアゾフェイファ氏は自信を見せる。ディープテック分野の起業家へのアドバイスを聞かれ、次のように答えた。

「起業するとき、よく一つのことに集中しろと言われます。一つのユースケースに絞って、それで顧客を獲得してから、手を広げろと。でも僕らははじめから自分たちの機械学習サービスをさまざまな病気に応用していました。結果的にはそれが良かったと思っています。異なるケースにもすぐに対応できて、実験の切り替えが早くなり、いろんな顧客を獲得できました。だから僕からのアドバイスは、シード期ではあまりフォーカスしないで、開発したサービスが実際にどのように活用できるか、いろいろと試してみるのが良いということです」

15万ドルという制約の中で

アゾフェイファ氏とは対照的に、起業のアイデアのみでYCに参加したのがジュレティッチ氏だ。同氏が共同創業したアシャー・バイオセラピューティクスは、免疫細胞をターゲットとする新薬を開発中で、ガンをはじめとするさまざまな病気に有効だという。

ジュレティッチ氏は起業する前、大手製薬会社の管理職という恵まれた立場にあったが、大企業で画期的な新薬を開発することの難しさを痛感し、起業を決意。自分と補完的なスキルをもつ共同創業者が見つかり、同じ志をもつチームメンバーが参画し、自分の仮説を証明できる「明確な実験のプラン」が頭の中にあり、さらにYCからの出資を得られたことが、起業を後押したと語る。

10週間のYCのプログラム期間中、ジュレティッチ氏を悩ませたのは、15万ドル(約1600万円)という、バイオテック企業にとってはかなり少ないYCからの出資金をどう使うかであった(2021年冬季プログラムより12万5000ドルに変更)。

「15万ドルで結果を出すには、考え方を変えないといけません。私たちにはいくつかの実験プランがありましたが、一番やりたい実験は技術的にハードルが高いのであきらめて、簡易的な実験を行いました」と同氏は打ち明ける。「完璧な実験ではなかった」が、開発中の抗体医薬品が、既存薬よりもガン治療に効く可能性があることをマウス実験で見事に証明した。

成功した実験データを携え、Demo Dayは大成功かと思われたが、そのあと「1カ月くらいは誰からもほとんど連絡がこなかった」とジュレティッチ氏。YCパートナーと相談した結果、テックVC向けと製薬会社向けでプレゼン資料を2パターン作ることにした。「私たちの資料は専門用語だらけで、一般のテック投資家には複雑すぎた」と同氏は振り返る。

次第にトラクションが改善され、目標としていた300万ドルには届かなかったものの、100万ドルというまずまずのシード資金を調達。「YC卒業後の1年間はコロナウイルスの混乱もあって思うようにいかないことが多かった。2年目も簡単ではないと思う」と、ジュレティッチ氏は冷静に今後を見つめる。同氏は新たに社員を採用したり、プロジェクトの数を増やしたりする一方で、資金集めも継続した。その結果、最近になって社外の投資をほとんど行っていないバイオテック企業の説得に成功。「今後数週間以内にシリーズAを調達できる見込みです」と発表すると、ロパティン氏とアゾフェイファ氏がサムズアップ(「いいね」の意味)した。

最後にジュレティッチ氏はディープテック分野の起業家に向けて、「実験が一つうまくいかなかったからといって挫折しないこと。資金がある限り、一つの仮説についてできるだけ多くのデータを集めることが重要。すぐにあきらめてはダメ」と参加者にエールを送った。