活動概要

  1. アントレプレナー・プログラム
  2. シリコンバレーへの挑戦

2020年10月 ROAD TO SILICON VALLEY

The Role of the University in the Innovation Ecosystem
イノベーション・エコシステムを支える大学の役割

モデレーター: 佐藤 輝英 (BEENEXT ファウンダー & CEO)
Kat Mañalac (YC Partner)
笠原 博徳 (早稲田大学 副総長)
川原 圭博 (東京大学 大学院工学系研究科 教授)
木谷 哲夫 (京都大学 産官学連携本部 IMS起業・教育部長、特定教授)
坪田 一男 (慶應義塾大学 医学部眼科学教室教授)

起業やイノベーションのエコシステム創出において、優秀な人材や多くの知的財産を有する大学が果たす役割は大きい。本セッションでは、日本を代表する4つの大学からイノベーション領域に携わる担当教授を招き、YCパートナーのキャット・マニャラック氏と、大学における起業家育成の取り組みや課題について意見交換を行った。モデレーターはBEENEXTのCEOで、SVJP エグゼクティブ・コミッティーメンバーを務める佐藤輝英氏が務めた。

学生・教員・卒業生を結びつける

早稲田大学は、ソニーの井深大氏やユニクロの柳井正氏、メルカリの山田進太郎氏など、数多くのカリスマ経営者を輩出してきたことで知られる。

近年は、「早稲田オープン・イノベーション・エコシステム」構想を打ち出し、スタートアップに提携VCや会計・法律などの専門家を紹介したり、研究室と企業の共同研究を促進したりすることで、エコシステムの活性化を図っている。

また2020年6月には、キャンパスの一角に研究戦略立案、産学連携、知的財産管理、インキュベーションの4つの機能を統合した全学的な研究支援施設「早稲田大学リサーチイノベーションセンター(RIC)」を開設。笠原博徳氏は「早大の周りには多くのベンチャー企業があるが、それをつなぐネットワークがなかった。RICを中心に学生、教員、卒業生を結びつけ、産学連携を深めてスタートアップのエコシステムを促進していきたい」と話す。

笠原氏はプレゼンの最後に、日本の起業家がオンラインでもYCに参加できるようにしてほしい、とマニャラック氏に提案した。これに対してマニャラック氏は、YCがシリコンバレーで開催している本体プログラムとは別に、オンラインで常時提供している10週間の無料講座「スタートアップスクール」を紹介。「多くの大学で起業入門の教材としても使われており、講座修了後にYCに応募する学生も多い」として積極的な参加を呼びかけた。

「技術力」と「市場」のギャップ

東京大学は、1998年にTLO(技術移転機関)を発足させて以来、400社以上の大学発ベンチャーを輩出し、うち17社がIPOを果たしている。時価総額の上位5社(ペプチドリーム、ミクシィ、パークシャテクノロジー、ユーグレナ、リプロセル)を合計すると約1兆円近い。

学内のインキュベーション施設をはじめ、メインキャンパスがある文京区本郷界隈には多くのスタートアップが集まっており、その一帯は「本郷バレー」と呼ばれる。川原圭博氏は「先輩や友人が成功している姿を見て、起業家になりたいという学生が増えている」と語る。

一方で、川原氏は「一般に大学発のスタートアップの技術レベルは高いが、小さな市場にフォーカスしがちであり、VCが期待するような大きな成長が見込みにくい」と課題を指摘。こうした技術力と市場のギャップを埋めるには、まずは学生を指導する立場にある教員たちに起業の考え方や仕組みをより深く理解してもらうための研修プログラムが必要だとの考えを示した。

マニャラック氏もこれに賛同し、「アメリカにもジョージア工科大学のように、優秀なエンジニアが多いのに起業家が少ない大学もある」とコメント。「教育機関として何を目指すのか、どんな人材を世の中に輩出したいのかは大学によって大きく異なる。それぞれのミッションに応じて生み出される大学のカルチャーは、現場の教員にも浸透していく。大学の先生が『起業もキャリアの選択肢の一つ』だと学生たちに伝えることで、起業家を志す学生も増えるはずだ」と語った。

実務経験のある人材を招聘

「教員への教育は大切だが簡単ではない」という見方を示すのは、京都大学の木谷哲夫氏だ。同大では、代わりに外部から投資家や起業家など実務経験のある人材を講師として積極的に招くことで、起業エコシステムの活性化に努めている。

京大も東大同様、自前のベンチャーファンドをもち、同大に属する研究者の知的成果を活用するスタートアップへ出資その他の支援を行っている。

教育プログラムとしては、学部・院生向けに12の起業・イノベーション関連講座を開き、昨年は約700人が参加。また学内にインキュベーション施設のほか、3DプリンターやVRデバイスなどを用いたプロトタイプ制作ができる工作工房も24時間開放している。

こうした取り組みが成果を上げ、2014~19年に同大から30社以上のスタートアップが誕生し、そのうち2社がエグジットを果たした。

順調に見える京大だが、木谷氏は「シリコンバレーの経験がある日本語を話せるメンターを見つけるのが難しい」と悩みを打ち明ける。

これに関連して、モデレーターの佐藤氏は「共同創業者の一人に外国人や英語を話せる人を選ぶなど、スタートアップ内のダイバーシティを増やすことで、海外展開のハードルが低くなる」と語った。

保守的な医学部にも変化

4人目のプレゼンターである慶應義塾大学の坪田一男氏は、2015年の学校教育法の改正を機に、大学の責務として従来の教育・研究に加えて、直接的な社会貢献(=イノベーション)が求められるようになったと説明した。そして一般に医学部は保守的な組織であるとの認識を示しながらも、自身が昨年開催した東京証券取引所の見学ツアーに多くの医学部生が参加したことに触れ、「医学部にも確実に新しい波がきている」と指摘した。

慶應義塾大学医学部では、坪田氏らの働きかけにより2019年5月に「ベンチャー協議会」が発足(現在スタートアップ13社が加盟)。また修士課程に「アントレプレナー育成コース」が開講されたり、医学部主催のビジネスコンテスト「健康医療ベンチャー大賞」が開催されたりするなど、徐々に改革が進んでいる。

坪田氏は「大学教員の中には、ビジネスでお金を稼ぐことを『悪』だとみなす風潮も根強い」と指摘し、「保守的な考えの教員をどうやって変えられるか」とマニャラック氏に質問した。マニャラック氏は「カルチャーを変えるのは簡単ではない」とした上で、「起業するのは、欲があるからではなく、社会にインパクトを与えたいからです。10億人の人生を変えるようなビジネスをしたいという情熱が先で、お金はあくまで結果です」と述べた。

続く自由討論の時間では、早稲田大学の笠原氏が「保守的な文化を変えるには成功事例が必要だ。学生や教授が起業して社会を変えていけば、日本の状況も少しずつ変わっていくだろう」という見方を示した。

最後に佐藤氏は全体の議論を振り返り、「YCは卒業生のネットワークが強力。日本の大学でも起業した卒業生のネットワークが広がれば、素晴らしいエコシステムができるはずだ」と語った。

各大学の取り組みが実を結び、日本の大学発ベンチャーがグローバルに成功を収める日も近いと確信させるセッションとなった。