活動概要

  1. コーポレート・プログラム
  2. ウェビナーシリーズ

SVJP Webinar #6 : 日本をデジタル化する「11の大改革」

12

小売業界と金融業界のユースケース

続いて登壇した塩田氏は、上記の提言5と提言7にあたる小売業界と金融業界のデジタル改革について、より詳しく取り上げた。

【小売業界】

まず塩田氏は、小売業における原材料調達から販売、アフターセールスにいたるまでバリューチェーンの各プロセスで活用できるさまざまなデジタル改革の事例を表に示し、その中で下記3つの具体例を紹介した。

・調達入手

これまでの需要予測は、売上記録や他社の業績などを統計学的に分析することが一般的だったが、最近ではブログやSNSの書き込み、オンラインストアでの検索記録などのビッグデータを、ディープラーニングを用いて解析する動きが広まりつつある。具体的には、2018年にユニクロがグーグルと協業し、機械学習や画像認識技術を用いて商品トレンドや需要を予測し、開発・生産リードタイムを短縮することに成功したケースが知られる。

・倉庫保管

陳列棚に商品を自動的に補充するロボットを導入する動きが広がっている。人が陳列作業をおこなう場合の精度は一般に4~6割程度とされるが、ロボットを用いると9割ほどへ向上する。またロボットは補充時に商品の売れ行き状況などをデータとして同時に回収できるので、商品が売れやすい時間帯や季節など、販売パターンの分析にもつなげられる。

・オンライン販売

米IT大手のセールスフォースやアドビなどが、即座に導入可能なEコマースのプラットフォームを提供。あらゆるタイプの小売業がオンラインショップをすぐに立ち上げられるようになっている。具体的には、JINSやアシックスなどがこうしたプラットフォームを活用して、消費者にとってわかりやすい魅力的なオンラインショップを立ち上げ、オムニチャネル(販売チャネルの多様化)を達成している。

では小売業界におけるデジタルイノベーションを広めていくためには、どのような障壁を乗り越えなくてはならないのか。塩田氏は「小売業界に限った話ではないが」と前置きしつつ、旧来型のITシステム(レガシーシステム)が普及しているため更新費用が高いこと、必要なリソースが不足し、データ量も限られる小規模店舗ではEコマースの導入がスムーズに進まないこと、販売業績に基づく報酬体系により、デジタル化へ移行するインセンティブが組織的に働きにくいことなどを課題に挙げた。

そして、こうした構造的障壁や規制、従来のビジネス慣習などに対処するには、膨大な顧客データを高頻度で処理するために安全なクラウドプラットフォームへ移行すること、店舗側と顧客の双方にとって使い勝手のいいEコマースプラットフォームを採用すること、オムニチャネル販売を主導する従業員へのインセンティブを強化することなどが必要だと説く。

【金融業界】

続いて塩田氏は金融業界でのユースケースについても、決済、資産管理、法人業務、保険など、商品やサービスグループごとにいくつかの事例をまとめた表を提示し、その中から3つの具体例を紹介した。

・決済

デジタル決済サービスが日本をはじめアジアで急速に広がっている(デジタル決済サービスの売上の約50%がアジアに集中)。各国の中央銀行がデジタル決済プラットフォームの構築を推進していることも追い風になっている。一方、日本ではATMや現金輸送など決済インフラの維持コストが年間約1兆6000億円もかかっており、デジタル決済サービスを普及させていく余地はまだまだ大きい。

・資産管理

アルゴリズムを用い、ロボットアドバイザー等の資産管理サービスが普及し始めている。わかりやすいUIと安価な手数料が魅力で、金融資産の少ない若者などにも投資のすそ野が広がりつつある。日本ではWealthNaviやTHEOなどのスタートアップが機械学習を取り入れたサービスを開発しているほか、メガバンクもデジタル資産管理ツールを提供している。

・保険

IoTによる利用ベースの保険サービスが登場している。たとえば米国では「Beam Dental」と呼ばれる、IoTデバイス(電動歯ブラシ)と連動した保険サービスが注目されている。毎日きちんと歯磨きをしているユーザーは保険料が安くなる仕組みだ。日本でもスタートアップのjustInCaseが、ユーザーの歩数などの健康データに基づいた新しい医療保険サービスを提供している。

このようにデジタルツールが普及し始めている一方で、課題も少なくない。塩田氏は金融業界におけるデジタル改革を進める上での「障壁」として、経営陣の意思決定においてデジタルに関する議論が不足していること、内部のコンプライアンス規制が技術革新を制限していること、構造的に利益率が低く、差別化にも消極的であるため、新たなデジタルサービスの開発に意欲的でないことなどを挙げる。

そしてその解決策として、塩田氏は、各事業部を商品起点に再編成して機動性を高め、データ共有を推進すること、国内外からデジタルに精通した人材を集め、コアのオペレーションチームに一員として加えること、フィンテックスタートアップなどと連携し、革新的なサービスの開発につなげることなどを提言した。

 

 

質疑応答

本セッションの後半では、参加者から寄せられた質問にナランホ氏、塩田氏の二人が答えた。そのうち二つを紹介したい。

――大企業とスタートアップでは規模もカルチャーも大きく異なるが、密な連携を成功させるための秘訣は?

塩田氏:

大企業とスタートアップが協働する際の一つ大事なポイントとして、はじめに共通の課題認識と事業目標を形成することが挙げられます。たとえば小売業の場合、「レジの待ち時間を3分の1にしたい」という共通の課題に対して、いつまでに実現するためのソリューションを作るのかという点をすり合わせる必要があります。つまり解決したいビジネス上の課題を具体的なKPIにまで落とし込んで、きちんと双方が合意した上で連携することが重要です。

――DXを実現するためには経営者の強い意志とリーダーシップが欠かせないと思われるが、日本の大企業が変わるためには何が必要か?

ナランホ氏:

答えとしては3つあります。まず日本にも組織を絶えず新しく生まれ変わらせるのが得意な経営者もいます。彼らは生まれながらのイノベーターです。新しい技術を開発するだけでなく、具体的なプロダクトにまで発展させることを心掛けておけば問題ないでしょう。一方で、かつてノキアの元CEO(スティーブン・エロップ氏)が有名な社内メモで書いたような「燃え盛るプラットフォーム」戦略を取らなければならない場合もあります。売上や利益が下がり、ライバル企業に押され、思い切った改革を選択しなければ会社が倒産するという場合です。そしてその両者の中間にあるのが、資本を全力投下する前に、試験プロジェクトやインキュベーションラボなどで新しいアイディアを検証してみるアプローチです。小さなプロジェクトから始めてうまくいけば、規模を拡大させていけばよいのです。これが成功するパターンもあります。ですから自社の置かれた状況にあるかによってベストな選択は異なってきますが、グローバルな競争で勝つためには、日本企業に広く見られる「ステークホルダーモデル」(顧客や従業員など利害関係者を重視するガバナンス)だけでなく、欧米型の「シェアホルダーモデル」(株主を重視するガバナンス)をうまく取り入れていくことも重要だと考えています。

12