活動概要

  1. コーポレート・プログラム
  2. TOKYO セッション

2023年6月 SVJP Tokyo Session with Prof. Po-Shen Loh

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「三方良し」のエコシステム

先生、生徒、演技コーチの3者による教育プログラムの構築は、さらに2つのペインを解決することにもつながった。

【ペイン3】舞台俳優は副業を必要としている

【ペイン4】数学の授業は往々にして退屈である

舞台俳優を目指す若者のなかには、生活費を稼ぐためにレストランのウェイターやUberの運転手、ベビーシッターなどのアルバイトをする者が少なくない。演技コーチの仕事はそうした若者にとって、自分の得意分野を活かせる貴重な働き口となる。

また演技指導を採り入れることで数学の授業を面白くすることにも成功。さらにロー氏は授業の見せ方にもこだわった。白板を前に先生が問題の解き方をたんたんと解説するのではなく、画面上に文字や図が直接浮かび上がる近未来的なインタフェースを採り入れた。生徒は「まるでオンラインゲームの実況中継を見ているような感覚になる」と同氏は語る。

中学生は優秀な高校生から数学を教わり、高校生は舞台俳優から話し方の訓練を受け、舞台俳優はオンラインレッスンを通して貴重な副収入を得られる。そんな「三方良し」のビジネスモデルで教育界に新風を巻き起こすロー氏。プレゼンの最後に、イノベーションを成功させるには「ナンバーワンではなく、オンリーワン」を目指すことがカギになると述べた。ナンバーワンはあくまで他者との比較で成り立つが、誰も思いつかないような本当に革新的なアイディアなら必然的にオンリーワンの存在となる。

「まわりとは違うこと、クレイジーだと思われるようなことをやるべきです。クレイジーはバカとは違います。バカなことをやってはいけません。スティーブ・ジョブスのように世界を変えた人たちは、自分では正しいことをしていると信じていた。ただ、まわりがその正しさを理解していなかっただけです。イノベーションはまったく異なる、しかし正しい考え方をすることでもたらされるのです」

 

企業文化を変える仕組み

講演の後、質疑応答をはさんで、出席者同士によるグループディスカッションが行われた。出席者は6つのテーブルに分かれ、ロー氏の話を通して得た気づきや、イノベーションに関してそれぞれの所属組織が抱える課題を共有し、さらにそれを乗り越えるための解決策についても話し合った。

出席者からは「同質の人が集まる組織では『正解』を求める風潮が強く、クレイジーになれない」「ゴールに対して半期で評価するようなシステムができあがっているので、新しいチャレンジがしにくい」「日常業務が忙しいため新規事業について考える時間的余裕があまりない」などといった課題が共有された。

また解決策としては、「社内でアイディアを出し合って、最も多く票を集めたアイディアはとりあえずやってみる」「簡単なものでいいので一つクレイジーなものを作ってみてその良さを体験する」「役員が自分の失敗談を共有すれば、失敗から学べると同時に、リスクをとることへの心理的ハードルも下げられるのではないか」といった提案が出された。

こうしたさまざまな意見のなかで、ロー氏は「企業文化をマネジメントする難しさ」に着目し、米国の大学で広く行われているインセンティブの仕組みを紹介した。

「米国の大学では通常7年間、新しいことに挑戦する研究の時間(テニュアトラック)が与えられます。その期間内に成果を挙げることができれば教授に昇進できますが、成果が挙げられなければクビになります。つまり昇進するには、なにか新しいものを生み出すしかないのです」

ロー氏はこの仕組みを自身が経営するスタートアップにも取り入れている。

「従業員には新しいことにチャレンジしてほしいと考えています。私の信頼を勝ち得る唯一の方法は、私が不可能だと考えているアイディアを実現することだと従業員は皆、理解しています。要するに、私を驚かせることができれば昇進できるのです。みなさんもそういう文化を作ることができれば、部下が新しいことに挑戦するようになるでしょう」

さらに、小さな成功であってもフィードバックを行って褒めることが大切だと説き、「新しいことに挑戦して失敗すると上司からの評価が下がるのではないかと心配する部下は多い。だから上司として部下が新しいことに挑戦するのを応援しなければならない」と述べた。

上層部の信頼を勝ち取る方法

会場からは追加で質問がいくつか上がった。「通常業務をこなすなかでどうやって新しいことに挑戦できるのか?」と問われると、ロー氏は自身の過去の取り組みを紹介した。

「研究者としての私の仕事は数学の論文を書くことであり、数学大会の成績を上げることではありませんでした。しかし大学の知名度が上がれば、優秀な学生がよりたくさん集まり、教えるのが楽しくなると考えたのです。そこで私は人の倍、働くことにしました。通常の研究活動をこなしつつ、新しい取り組み(数学大会の対策コース作り)にも挑戦しました。当初、理事の一人から『あいつはクレイジーだ』と言われました。ところが約1年後に数学チームが大学創立史上最高の全米2位になると、その理事の私への評価は一変し、今では私の一番の支援者になりました。こうして私は大学からの信頼を勝ち取り、好きな活動をする『自由』を得たのです。周りの人がうまくいかないと思ったことを実現したら、次からは信用されるようになります。それは日本でも同じではないでしょうか」

また「従業員の挑戦を奨励するようなインセンティブをどう作ればよいか?」と尋ねられると、「チーム内には新しいアイディアを考える人が必要だが、日常業務をこなす人も必要だ」として、メンバー全員がリスクをとる必要はないとの考えを示した。一方で、長期的にみると「新しいことに挑戦する人の方が、日常業務をこなす人よりも組織の成長に大きく貢献する」とも述べ、「リスクをとりたいと思った人がとれる環境を作ることが大切だ」と訴えた。

ロー氏の会社では、すべてのチームが何らかの新しいことに挑戦しており、どのチームが成功するかは予測できないという。「だから十分な時間を与えています。何も生み出していなくても、挑戦を続けていれば問題はありません。それが企業文化のマネジメントに関する私からのアドバイスです」

「クレイジー」なアイディアを実現させるまで8年にわたって挑戦をあきらめなかったロー氏らしい言葉で締めくくった。

 

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