活動概要

  1. コーポレート・プログラム
  2. マンスリー Benkyokai

​​2021年10月Benkyokai:コロナ禍で開催された東京オリンピックを日本人はどう捉えたのか

Speaker
ケネス・盛・マッケルウェイン Kenneth McElwain
  • 東京大学 社会科学研究所 比較現代政治部門 教授
東京大学 社会科学研究所の比較現代政治部門 教授。主な研究テーマは比較政治制度で、最近では国による憲法内容の違いについて研究している。プリンストン大学で学士号、スタンフォード大学で政治学の博士号を取得し、ミシガン大学で教鞭をとった後、2015年に現職に就任。
Speaker 兼 Moderator
筒井 清輝 Kiyoteru Tsutsui
  • Henri H. and Tomoye Takahashi Professor and the Director of the Japan Program
  • スタンフォード大学社会学部教授
1993年京都大学文学部卒業(社会学)。2002年社会学博士(スタンフォード大学)。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校助教授、ミシガン大学社会学部教授等を経て、現在、スタンフォード大学社会学部教授。

コロナ禍とスキャンダルの中で開催された東京オリンピック

最初に、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京2020)開催に至るまでの年表や経緯を、筒井教授が解説した。 

1940年に開催される予定であった東京オリンピックは、戦争拡大のため中止となってしまったが、1964年に長年の夢が叶って日本はオリンピックを東京で開催することとなる。これは欧米諸国以外の国での初のオリンピック開催となった。その後には、札幌と長野で冬季オリンピックが開催された。 

二回目の夏季五輪開催を狙った東京は、2016年にオリンピック開催の候補地としてキャンペーンを開始したが、2009年の投票でリオデジャネイロに敗れる。しかし、日本のオリンピック招致委員会はその後すぐにキャンペーンを再開させ、2013年には東京が2020年のオリンピック開催都市として選ばれた。当初は多くの人がそれを喜んだのだが、開催準備を開始してすぐに様々な問題が発生した。

2015年、ザハ ・ハディッド氏が設計したオリンピックスタジアムのプランは予算オーバーで撤回、佐野研二郎氏による公式エンブレムデザインは、盗用の告発によりこれも撤回された。2018年には、日本オリンピック委員会の竹田会長がフランス当局から汚職容疑で捜査を受け辞任を余儀なくされた。

そして2020年になると新型コロナウイルスのパンデミックがおき、オリンピックは1年間延期された。3度の緊急事態宣言の中で、オリンピック開催の是非が問われることになった。加えて、日本のオリンピック組織委員会メンバーの一連のスキャンダルや辞任はオリンピック開催に影を落とした。

そのような状況ではあったが、東京2020は2021年の7月23日に開幕する。当初オリンピック開催に反対していた日本人は多かったが、オリンピックが始まると代表選手を応援し、日本は、結果的に27個の金メダル(合計メダル数は58)、パラリンピックで13個の金メダル(合計メダル数は51)という好成績を残した。 

難しい状況の中にもかかわらず、日本のオリンピック組織委員会はオリンピックゲームをうまく運営し、特に大きな失敗は見られなかった。また、その後に続くパラリンピックも8月下旬から9月上旬にかけて行われ、9月5日に無事に終了した。 

筒井教授は「コロナ禍や様々なスキャンダルの中ではあったが、結果として日本は世界中のアスリートやスポーツファンにオリンピックを開催するという約束を果たした」と評価する。しかし、一方で「新型コロナウイルスによる健康上の懸念の中で、オリンピックを開催することは本当に賢明な判断だったのだろうかと疑問に思った多くの日本人がいた」事も指摘した。

開催は支持されたが安全性が疑問視された東京2020オリンピック・パラリンピック

東京2020とパンデミックの関連性に関して独自の社会調査を行った マッケルウェイン教授は、コロナ禍でのオリンピック開催により日本人は首相よりも自分たちが住んでいる都道府県の知事を以前よりも意識かつ信頼するようになったと語る。

マッケルウェイン教授は、オリンピック前後および開催中での日本人がオリンピックをどのように捉えているのか、アンケートやSNSを使って独自に調査・分析し興味深いデータを提示した。

また、オリンピック開催前の2021年3月に、オリンピック開催の是非についてアンケート調査を行っており、その結果によれば、多くの人々は中止するべきと回答していた。

オリンピック開催による経済的な恩恵を最も受けるのは東京都とその周辺である可能性が高いため、東京の住民と東京以外の住民に分けてアンケート結果を比較したが、オリンピックを中止や延期と回答したパーセンテージに両者で特に大きな差は見られなかった。

しかし決定的な違いは、自民党支持者と非支持者との比較にあった。、自民党を支持していない人たちの52.1%はオリンピック中止と回答した一方で、自民党支持者の多くもオリンピック中止と回答した人たちの割合は34.8%であり、非支持者と比較すると少なかった。

一方で、マッケルウェイン教授はツイッターとフェイスブックでの日本人による投稿の調査も行なった。調査期間は2021年7月中旬から8月初旬であり、これはオリンピック開催直前から開催中の期間である。オリンピックが開催されると、「オリンピック」あるいは「五輪」のキーワードが含まれた投稿のうち、肯定的なものが急上昇したことがわかった。このことから、オリンピック開催前において日本人は開催にネガティブであったが、開催されるとそれがポジティブに変わった人たちが多くなったことが考えられた。

朝日新聞での調査でも同様の傾向で、オリンピック開催直前(2021年7月19日調査)は、55%の人がオリンピックを中止するべきと回答したが、開催後(2021年8月8日調査)は56%の人たちがオリンピックを開催して「よかった」と回答し、オリンピック開催の支持者が増加していた。しかし、コロナ禍でのオリンピック開催の安全性に対する回答結果については異なる傾向が見られた。開催前では68%の人がオリンピックは安全・安心の大会に「できない」と回答しており、開催後でも多くの人(54%)がオリンピックは安全・安心の大会に「できなかった」と回答した。つまり、オリンピック開催の安全性に関しては開催前後で一貫して疑問視された。

多くの人がオリンピックの安全性に疑問があった理由として、マッケルウェイン教授は開催中のコロナ感染拡大のリスクを挙げた。日本のコロナ感染者数は欧米のそれと比較するとかなり低かったが、台湾や韓国と比較すると東アジアの中では高い方であった。加えて、ワクチン接種率(2回接種)の上昇スピードは非常に速かったが、オリンピック開催直前の時点ではワクチン接種率は25%に過ぎなかった。これらのことから、オリンピック開催中に感染者が増加してしまうのではないかと懸念された。

当時の政治状況を見てみると、菅政権の支持率は低下傾向にあり、特にオリンピック開催前と開催中(7月と8月)において、支持率は急落したと同時に不支持率は顕著に増加した。

以上の調査と分析から、多くの日本人はオリンピック開催を支持していた一方で、安全に開催されなかった評価したことがわかった。さらに、菅政権はオリンピック開催をきっかけとして支持率を上げることができなかった。

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