活動概要

  1. コーポレート・プログラム
  2. マンスリー Benkyokai

2021年8月Benkyokai:コロナ禍でも進化を遂げる「三方よし」の哲学と、変化を生み出す資質

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市場志向の事業に欠かせないデータ活用

業務環境がデジタル化する中で、伊藤忠商事では特に小売り分野でのデータ活用が進んでいる。小売り分野では商品の売れ行き状況や顧客嗜好などさまざまなデータが蓄積されており、そうしたデータを基に市場志向のアプローチを取ることが伊藤忠商事がビジネスを成功させる上でも、SDGsの観点でも重視している点だ。

茅野氏はサプライヤー志向のアプローチと市場志向のアプローチを比較して説明する。例えば大学を卒業してすぐに22歳で伊藤忠商事に入社した社員がコーヒー豆部門に配属され、その社員が退職までコーヒー豆部門にとどまったとすれば、コーヒー豆がどれだけ売れるか、どうすればいいコーヒー豆を調達できるかという点には精通するようになっているだろう。製品がどうやったらもっと売れるかというのはサプライヤー思考のアプローチである。ここに市場志向のアプローチを取り入れなければならない。「コーヒー豆がどれだけ売れるかを考えているだけでは、顧客が本当に探しているものに気づくことはできません。それに気づくためには市場や顧客の嗜好がわかるようなデータが必要です」

データを有効に活用することのできる分野の一つがコンビニエンスストアだ。例えば、ファミリーマートで顧客はどのような商品を購入しているのか、なぜそれを購入するのか、どのような商品に関心があるのか、といった分析が重要になっている。「そうした傾向を知らない限り、市場志向のビジネス戦略を立てることはできません。そこにたどり着くためには、間違いなくデータが必要です」と茅野氏は強調する。

現在、伊藤忠商事はファミリーマートを含む小売店のデータを分析するプロジェクトを進めている。データ活用を進めるためにはデータ分析の技術や知見が必要になるが、ほとんどの企業にそうした技術はなく、専門家も少ない。伊藤忠商事は社内でゼロから構築するのではなく、外部機関と協力することでコストを抑制しつつプロジェクトが迅速に進展するようにしているという。

質疑応答

ーー伊藤忠商事の株主としてバークシャー・ハサウェイは他の株主とは毛色が異なります。これをどう捉えているか?

株主については基本的に公には話しませんが、ウォーレン・バフェット氏が日本に、そして総合商社に投資したことは素晴らしいことです。総合商社は日本の中の隠れた宝石だったのかもしれません。大手の総合商社の業績は軒並み好調です。バークシャー・ハサウェイのような投資会社が日本の総合商社に投資した背景には、本事業に対する信頼が反映されているのではないかと思います。

ーーエンパワーメントについて日本企業には不足している点もあります。伊藤忠商事におけるエンパワーメントに対する考え方を聞かせて欲しい

従業員にやりたいことをやらせるのはとても良いことです。例を挙げると「TABLE FOR TWO」というNGOのプロジェクトがあります。このNGOは日本で始まったNGOです。コンセプトは先進国の肥満と発展途上国の栄養失調をどのようにバランスさせることができるかということです。プロジェクトは4者によって開始しました。私が伊藤忠商事から参加し、他のメンバーは医療分野、政治、ユニクロからです。4人が集まってこのNGOのコンセプトを考案しました。先進国において肥満や生活習慣病予防のためにカロリーを抑制した食事を購入すると、1食当たり20円の寄付が途上国に贈られる仕組みです。この構想は、まずは日本の食堂で試してみる必要がありました。当時私は伊藤忠商事の法務部門にいて、健康やESGには関係のない仕事をしていましたが、会社にこのプロジェクトをテストしてみることを提案しました。そしてそれが認められ、プロジェクトが開始したのです。

別の例では、機械や発電所のオペレーション分野にいる従業員が、会社の中でスポーツビジネスについて追及したいと手を挙げ、取り組みを開始した例があります。伊藤忠商事は、常に従業員が素晴らしいアイデアを考え、それを実行できる機会を提供することを大事にしています。それは文化に触れているようなものであり、ここアメリカではエンパワーメントを意味します。

パンデミック下で特に重要だと感じたのは、従業員が何を本当に必要としているかに耳を傾けることです。その上で我々はエンゲージメント調査を数多く実施することにしました。経営者は従業員の話を聞くことで彼らの考えていることを理解できると同時に、従業員を気にかけているというメッセージを送ることができます。そしてそれが新たなビジネスの原動力になります。

ーーリーダーとして活躍できる人材にはどのような資質が求められるか?

大学を卒業してすぐ22歳で伊藤忠商事に入社する社員は、非常に知的で有能な人たちです。難関大学を卒業していて、成績優秀だった人たちが多くいます。しかし伊藤忠商事が探し求めているのは必ずしも成績の優秀さではありません。それよりも重視しているのは、枠外で考えることができることです。若いうちにそれができるのは簡単ではなく、逆にいえばそれができることはリーダーになる資質を持つ人物だということです。

私が法務部門にいたときの例を挙げます。法務部門のデスクは広いオフィスの中でオープンになっている環境にあり、そこで私は仕事をしていました。その日は特に忙しい日でした。その時におそらく1年目か2年目の社員が私のところにやってきて「何か私にできることはありますか」と言いました。私はこうした行動ができることはリーダーの資質がある人だと思っています。通常の枠に収まらず、ある意味では風変わりで、非常に積極的な資質を持っている人材です。伊藤忠商事はそうしたタイプを必要とする会社です。実際、かなりの数の社員が新しいことをしたいと考えています。配属された部署にかかわらず、各自の情熱を追求することが組織にとっても合理的と判断される際には、かなりの自由度を与えています。

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